前回、取材させていただいてから、心待ちにしていた中堂寺前田町のプロジェクトが『あさひ長屋』として完成したと伺い、またまた京都を再訪しました。
再建築不可物件を再建築可能にした経緯は前回の記事でふれましたが、今回はいよいよ完成した姿を見せてもらえることになりました。
JR山陰本線「丹波口」駅から徒歩約7分、四条河原町からバスで15分程度と知り、今回はバスを利用してみました。
いわゆる観光コースではない地元の人が利用するバスなので、車内はそれほど混んでいずに快適です。
バス停から歩いて3分、現地に着いているはずなのに場所が分からず、周辺をうろうろしてしまいました。
近くの喫茶店まで迎えに来てもらいたどり着くことができました。
入口はまったく目立たないのに、敷地内に入ると思っていたより、ずっと開放的な空間が広がっていました。
入口は目立たないけれど、中に入ると思いの外の解放感
小さな通路をくぐると、驚くほど開放的な空間が広がっていました。
なるほど、これが『京都の路地文化』と納得です。
元々6軒の家が建っていたという場所は、各住戸が建っていた位置から大きくセットバックしたことで3mの幅員を確保した明るく開放感のある路地に生まれ変わりました。
南北と東西の袋路を、路地を介してつなげることで2方向避難ができるように区画整理を行ったそうです。
外観は4棟の長屋として設計されていますが、それぞれの柱は独立して建築しているので、柱を共有している長屋と比べると強度と防音性が高い構造だそうです。
これはリノベーションではなく新築物件だから実現した大きなポイントです。
一番南にあるD号地の隣には、住人用の駐輪スペースが設けられているうえに、宅配ボックスが設置されています。
外から分かりづらい場所だから安心して子育てができる
外から見て目立たないということは、敷地内には関係者しか入ってきません。
またクルマの侵入もないということになります。
『あさひ長屋』も各住戸と面する路地が一体化して、大人も子どもも安心して暮らせる場所となっています。
今回のプロジェクトのテーマでもある「子育て子育ち支援」として適した住環境と言えるでしょう。
私たちが子どもの頃は、さまざまな生活行為が道空間で行われてきました。子どもの遊び場であり、近所の人たちのコミュニケーションの場であり、ときには祭りや集会の場所として使われてきました。
『あさひ長屋』では、そんな風景が容易にうかんでくる場所となっていました。
路地で遊ぶ子どもたちを、周りの大人がなんとなく見守ることができる、お互いの気配を感じ取りながら生活できる、そんな空間になっていました。
住戸と路地の繋がりを生む大きな開口。個性的な襖の色
A棟の1階
各住戸の間取りは、引戸による大開口が用意されていることがまず第1の特徴でしょう。
1階には風通しが良く路地に開けたLDK(DK)があり、家族だけではなくご近所とのつながりが生まれやすい設計になっています。
B棟の1階
その1階部分の床はA・C号地があたたかみのある木のフローリングで設えられ、B・D号地がスタイリッシュなタイルと2パターンで仕上げられています。
タイルの場合は床暖房を設置しており、冬の底冷え対策もされていました。
また2階は和室と洋室のプライベートな空間になっていました。
和室のふすま紙は各戸によって色を変えており、個性が楽しめるようになっています。
更に全戸モニター付インターフォンにすることで、安心して子どもと過ごすことができるように防犯性に配慮しています。
共有部分にある宅配ボックスを含めて、現代必要とされる設備が整っているのは、暮らしやすいと感じました。
再建築不可物件の再生は、都市の活性の大きな課題
私は旅行に出かけると、国内外問わず地元の人が生活するような場所を歩くことにしています。
観光スポットだけでは分からない、そのまちの特徴や個性が感じられてワクワクします。
そういった意味でも京都はたくさんの路地があり、それぞれが個性的な魅力を持っています。
東京をはじめとした都市では再開発という名のもとに、どんどん路地の存在はなくなっています。
確かに防災面での効率は良くなりますが、まち並み保全という観点からは残念な点も多いです。
全国的に都市部に残されている再建築不可物件。
それぞれに特徴がありながら建物の老朽化により、うまく活用されずに残されている場合があります。
もちろん都市居住の安全性と多様な価値観を両立していくことは簡単なことではありません。
しかし単一な再開発ではなく、そのまち独特の文化を継承していくためにも、路地の活用は大きな課題ではないでしょうか。
京都では、行政と専門家と不動産業者が三位一体となり、お互いに知恵と工夫を持ち寄って、京都の財産ともいえる路地を残していこうとしている気がします。
作ったものに愛情を込め育てていく責任が開発には必要
開発に携わった3名。左から八清 西村会長、都市居住推進研究会 大島氏、魚谷繁礼建築研究所 魚谷建築士
『あさひ長屋』は子育て世帯を応援するため、子どもがいる家庭は賃料が安くなるという家賃システムを設けています。(※月に5,000円割引)
これは物件のオーナーが変わっても10年間は維持されるそうです。
それはプロジェクトが完成された後も、計画・推進した人たちの思いが、そこでくらす人たちに継承していくための工夫だと思います。
再開発されて新しいビルができても、テナントが入らず空室のままの光景をよく見ます。
寿命を果たせず短いスパンで建替えられていくこともあります。
開発の規模の大小にかかわらず、一度作ったものはきちんとメンテナンスして育てていくという姿勢がこれからは必要だと思います。
また数年後に『あさひ長屋』を訪れて、ここで育った子どもたちに話を聞いてみたいと思わせる魅力のあるプロジェクトでした。
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