chapter06国土交通省の補助金を得ながら重ねた研究(前編)
都市居住推進研究会(以下「都住研」)では、国土交通省の以下のモデル事業の採択を受け、継続して「再建築不可の袋路において、子育て支援住環境を実現する」というテーマで取り組んできました。
※それぞれの成果についての詳細は、都住研のサイトopen_in_new(外部リンク)で公表しています。以下に、各年の取組の概要を紹介します。
2018年度
地域の空き家・空き地等の利活用等に関するモデル事業①
路地のどこが子育て環境として優れている?の検証
京都市内には、既に多数の子育て支援策として様々な場やサービスが展開されています。
これらの場を訪問し、関係者の方々にお話を伺いました。
加えて、京都市内の子育て世帯の方々とワークショップを行い、子育て世帯が路地空間に感じる魅力や課題、家族にとって望ましいサービスなどを抽出しました。
そこから、路地は子育て支援住環境としての有意な点や課題を抽出しました。
ワークショップの開催
- 場所:
- 京都市下京区の路地
- 参加者:
- 5家族18名(子ども:0~6歳児)
- 概要:
- ①親(保護者)の目線・子の目線から路地の長屋の空間で良いと感じるところ、課題だと考えるところを所有者目線でチェック。
②その他スペース活用に関する意見やアイデア
路地空間を子育て支援住環境とする際の優位な点・課題である点
優位な点 |
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課題である点 |
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路地の安全性確保に向けた策の検討
京都市行政の取組
戦前に形成された京都市内の路地は、歴史都市・京都の町並みにとって大切な構成要素である一方、防災上の課題を有しています。
沿道建物のほとんどが建築基準法の接道規定において既存不適格であり、再建築はもとより大規模修繕も容易ではありません。
そうした制度上の制約により更新や保全を滞らせ、沿道建物の老朽化や空き家化など更なる防災上の課題を招来しています。
京都市では、こうした状況を解消するため、2012年に従来型のクリアランスではない、その再生や保全を図ることを目的に『京都市細街路対策指針』を策定しています。
『指針』では2つの柱が示されています。
ひとつは制度面。
歴史的景観を有する「歴史細街路」、一定条件のもと現行施策で建築行為が可能な「一般細街路」、幅員が極めて狭小であるなど制度・実態両面で課題が多い「特定防災細街路」の3つに路地を類型化したうえで、町並み保全や更新促進など個々の路地の特性に応じた対策を進めるため、建築基準法の各種特例制度を駆使した規制誘導策のあり方を示しています。
もうひとつの柱はハード整備に対する支援策です。
袋路の2方向避難や路地始端部の耐震化などの即時的かつ効果的な取組を進めるための各種助成事業が創設されました。
『指針』策定以後、京都市では、空き家対策とも連動させながら、主に地域住民主体の防災まちづくりを通して制度や助成事業の展開を図っています。
京都市の取組の詳細は、「歴史都市京都における密集市街地対策等の取組方針open_in_new(外部リンク)」をご覧下さい。
本モデル事業の意義
本事業の対象地である路地は、京都市の分類によれば「特定防災細街路」に分類できます。
対象地は2つの路地からなり、それぞれの路地単独では再建築が困難なところ、2つの路地を繋ぎ2方向避難を可能とすることを前提に再建築を可能とするためのモデル・プランといえます。
加えて、住民の自助だけではなく、そのフィージビリティを検証するため、民間事業による市場性が成立するかどうかの検討も行いました。
事業化の検討
路地再生を民間事業として実施するための事業化を検討し、以下の課題を抽出しました。
- 袋路を子育て支援住宅として供給する社会的意義は理解されやすいが、それが消費者に響くかどうか不確定。
周辺相場とバランスをとるためにも家賃から逆算しなければいけない中、リスクが大きい割に収益性が低くなる。 - 先述の通り空き家問題を抱えているために、土地の取得(もしくは貸借)が可能かどうか不確定な中、リスクを背負いながら事業を進めることは困難。
- クラウドファンディングをはじめとした多数の投資家から資金を集めることも考えられるが、子育て支援が目的か、路地・空き家再生が目的か、曖昧になりがちになる。
袋路の再生を事業化する際、路地の歴史や形状、立地、居住者・所有者の意向などを踏まえる必要があります。
このため基本的には個別解で検討することになりますが、再生の方向を検討する際に、チェックシートのようなものがあれば客観的に検討が可能ではないか、と考えました。
そこで「事業プラン検討シート」を開発しました。
シートの構成は、①建物の現状、②活用できる方向性の検討、③活用できる資源の抽出、④建物改修の方向性検討、⑤建物改修費用の試算
を主な内容としており、その他検討する際の留意事項等をシートを埋めていく中で知り、検討するように作成しました。
2018年度の成果
2018年度の実施した検討では、以下の内容の成果がありました。
歴史的な資源を子育て支援空間として継承する可能性を明らかにした
- 世界中の路地空間が都市の資源として着目される中、京都市内には現在でも数多く継承されており、その都市資源として活用・継承するモデルを示せた。
- 路地は立地が良いところに位置しているが、家賃の低廉さに着目し、子育て世帯のアフォーダブル住宅としての可能性に着目してテーマを設定した。
- 京都市内では、この一年間だけでも歴史的空間が多く滅失している。
これは伝統的建築や空間の様式を残すという問題に留まらず、次の世代から見ると選択肢を減少させているという社会システムが問題といえる。
その観点から現代的ニーズに応え得る空間としての事業モデルを示せた。
路地の維持継承、再生に関するモデルの構築
- 検討するプロセスの中で、路地再生という空間的・制度的可能性を検討する前段に、空き家問題が障壁として立ちふさがる可能性が高いことがわかった。
- 単に特定の世帯向けの住戸を供給するのではなく、子どもがある程度育ったら転居することを前提とした計画とすることで、子育て世帯にとってのアフォーダブル住宅としてのインフラを整えることとした。
- 空き家問題の高い障壁となっている所有者不明地について、路地空間におけるこれらの問題は、対象家屋だけでなく、路地に面した空間全体の再生の障壁にも繋がることが現実味をもって検討することができた。
「路地が子育てに向いている」という提案を普及する媒体の作成
- 子育て世帯が住まい選びの選択肢として路地の住宅を選択肢に含めること、そして路地の住宅の所有者に子育て世帯向けの賃貸住宅として活用することを一体化させたパンフレットを作成した(Chapter10参照)。
- 路地奥の住宅の所有者が、物件の改修・事業化を検討するプロセスをわかりやすく誘導する「事業検討シート」を作成した。
2019年度
地域の空き家・空き地等の利活用等に関するモデル事業②
2019年度は、下京区中堂寺路地再生プロジェクトの対象地で事業を進めていくことに注力して進めました。
その際大きな障壁となっている「6区画の空き地・空き家の土地の集約手続き検討」、「路地再生の事業主体及びそれを実現するスキームの検討」に力点を置き、事業の検討を進めました。
路地内の空き地・空き家の土地の集約や事業可能な土地としていく流れの検討
2018年度の検討で、既存不適格・再建不可建築が集積する路地内において、建物や空間の更新を行うには「土地の確保・集約」、「まちづくりに資する企画」、「事業の実施」の3つのプロセスが重要であることを確認しました。
しかしながら「土地の確保・集約」については、所有者不明土地もしくは相続人不明地等、全国で課題となっている「空き家・空き地問題」がここでも大きな課題となりました。
そこで、2019年度は「土地の確保・集約」についてより掘り下げて検討することとして、法律の専門家へのヒアリング、京都市の担当セクションと課題解決の手法を検討しました。
検討の過程で明らかになった課題及び解決の方向性は以下の通りです。
専門家等へのヒアリングから
●所有者・相続人不明土地について
所有者不明地は所有者を探索し、相続人不明地は利害関係者が家庭裁判所に財産管理人の選定の申し入れを行い、土地を売却など処分することになります。
しかし事業化を検討する際、第三者が事業を行う場合は、利害関係人となることはできません。
このため、近隣とともに事業化を検討するか、もしくは行政とともに事業を検討・実施することが必要となります。
●地域福利増進事業について
全国の空き家問題を受けて、新たに導入された本制度は、土地のみを対象としていること、また供託金が必要であること等、実施する主体が限定されることが確認されました。
また利用できる用途が限られており、本プロジェクトのような住宅の供給は現状では極めて困難であることを確認しました。
先駆事例から
●つるおかランドバンクの調査・ヒアリングから
NPOと行政が緊密な連携及び役割分担のもとに実施している点が参考になりました。
また、雪国である等の土地柄に起因して所有者不明土地が極めて少なく、土地の権利者が明確であることから、事業が進めやすい点を確認しました。
土地利用については「鶴岡住宅」モデルをつくり、住宅を供給する条件を付しているなど土地の集約、利用それぞれにおいて官民連携及び国の様々な制度の活用により進められている点が参考になりました。
京都市との検討から
中堂寺前田町の事業化については、①協調建替え(連担建築物設計制度)、②共同建替え、③道路指定、④法43条2項2号許可の4手法を検討した結果、今回は路地の物理的状況、土地の所有状況、事業参画範囲の妥当性等を総合的に勘案し、④が最適解であるとの結論に至りました。
以上の検討を踏まえて、下図の通り「公民連携型子育て住環境整備モデル」実現のための土地の確保・集約のフローを作成しました。
これは空地を利用した広場の整備や仮設の福利施設、子育て支援施設、住宅供給等多彩な環境を想定し、とりわけ一番困難と考えられる「住宅供給」を可能にするための事業モデルをより具体的に検討するために作成したもので、あくまでもケーススタディです。
※1 財産管理人については、下記の課題を整理した。
- 公売となった際に当該事業と関係がない第三者が購入した際、この取得者から購入することになった際は、土地取得費用がかさむために事業の成立が困難となる可能性がある。
- 財産管理人が当該不動産を売却する際に、事業化を検討する関係主体への売却が確実に可能となる方法について調整が必要。
- 予納金の支出者についての調整が必要。
- 相続財産の総体ではなく、当該土地(特定の不動産)のみの管理人の選定が可能化についての確認が必要。
※2 地域福利増進事業について
- 建物が無い場合に限られ、公告に半年要するので、実施までに数年必要。
- 当該土地の登記事項証明書を得て登記名義人の住所に内容証明郵便を送り、宛名不明の際は住所地を所轄する市町村に情報を本籍地に請求。この手続きを経る必要がある。
- 当該土地を利用する必然性を示す必要があり、10年間分の保証金を法務局に供託する必要(10年分の家賃相当額の40%)。
※3 行政における内部検討委員会について
- 行政が一旦土地を保有・集約するに当たり、その土地に関する規制誘導策の適用可能性、政策目的への適合性、維持管理コストの妥当性等を総合的に検討するための部局横断的な委員会を立ち上げる。
- この委員会が、中間支援団体への委託に関する判断・審査も行う。
※4 中間支援団対について
- (公財)京都市景観・まちづくりセンターや京都市住宅供給公社など公的な団体を核にした団体を想定。
- 事業を実施する主体は、これと連携する合同会社などを想定。
※5 民間事業者について
- 事業者の選定や実施は公正に行うよう配慮する必要がある。
- 事業の実施が当該土地価格の不適切な上昇等ジェントリフィケーションに繋がらないような措置が必要。
「京都路地再生セミナー」の開催
主として事業者を対象に、路地を対象とした事業の可能性を示すことを目的に開催しました。
冒頭に路地を対象に子育て支援住環境を整備する意義、課題、可能性について紹介し、基調講演として「子育ち・子育て支援空間」の必要性と路地にそれを求める必然性について話題提起しました。
後半は、京都市内の路地再生の事例を紹介し、多様な展開と可能性があることを示しました。
個別事例の詳細や事業の紹介の他、下記のポイントを共有しました。
- 路地の分布と町家の分布を分析したが、路地の分布は町家の分布と相関がある。
中心部では特に路地が町家を保存する役割を果たしてきた可能性がある。 - 路地がなくなったあとについても調査した。
田の字地区内において2006年と2013年の間に18箇所(3.1%)消滅していた。
なくなった後はマンションや駐車場になっているものが多い。
中には路地の痕跡を残しているものがあった。 - 路地の法的扱いについては、京都市の場合、行き止まりか、通り抜けができるかで異なる。
袋路は非道路となるため、再建不可であるだけでなく、増築も大規模の修繕・模様替えもできない。 - 路地再生事業の可能性としては、複数軒を一体的に改修または建替えすることで、再生の効果を大きく高める可能性がある。
それは制度の適用可能性や、計画や使い方の柔軟性があるが、加えて町並みの創出や表通りにはない独自の空間を形成できることが特徴。 - 京都市内ではエリアごとにニーズも異なるので、改修にあたってはエリアマネジメントの視点を持って用途を考えていくことも必要。
- 路地再生には、行政の制度と民間の考えとノウハウが重要。
- 基準ありきではなく個々の路地の実態や状況に応じて柔軟な運用をし、安全性の確保など守るべきものを多様なアプローチや選択肢で確保していく必要。
取組を通じて得られた成果
路地における土地の確保・集約の道筋を描くことができた
- 所有者不明土地及び相続人不明地について、どのように確保・集約して行くかについて具体的な検討を行った。
- 国の制度としてある「地域福利増進事業」を採用する課題を明らかにできた。
- 既に用意されている京都市の路地再生事業について、中堂寺前田町での導入の可能性について検討し、最適と考えられる手法を選ぶことができた。
建築基準の方の取扱について道筋を付けることができた
- 路地再生手法の選択肢が複数ある中で、今回は43条但し書きがふさわしく、かつ「防災まちづくり整備計画」をつくることで、連担建築物設計制度を用いたような連棟の建物を建てる道筋を付けることができた。
路地を子育て住環境として整備していく可能性の検討をより深めることができた
- 路地の土地の入手費用を低く抑えることで子育て世帯のアフォーダブル住宅としての可能性をさらに示すことができた。
- 子育ち空間として求められる「外遊び」の場として、路地の重要性を示すことができた。
路地で多彩な事業が可能であることを示せた
- 京都市内では、この一年間だけでも歴史的空間が多く滅失している。
これは伝統的建築や空間の様式を残すという問題に留まらず、次の世代から見ると選択肢を減少させているという社会システムが問題といえる。
その観点から選択肢の一つとして路地の中で暮らすことを可能にすることを示した。 - 実際に京都市内で行われている路地再生の事業を概観し、多様な展開が行われており、それをタイプごとに分類してその多様性を示すことができた。
- 事業者にとって、路地をより身近な事業対象として捉える足がかりを提供することができた。
都市居住推進研究会 事務局/京都光華女子大学 准教授/スーク創生事務所代表大島 祥子
京都のまちづくりの縁の下を担いたいと日々研鑽しています。
一級建築士/技術士(建設部門)/宅地建物取引士/博士(学術)