五 築九十年
難航していた基本設計がようやく仕上がった頃。シトシトと冷たい雨が降るなか、内部解体の作業が終わったばかりの現場にメンバーが集まった。彼らの吐く息には白さが残っている。この日は、どのような構造補強を行うか?ということを社内外の関係者で確認し合うための補強前検査の日であった。
構造がむき出しになった状態で全体を眺めながら、「築90年ともなると、予想はしてましたが、さすがにあちこちにガタがきてますねぇ」と落海。
「見て下さい、この柱なんか、足元ほぼないですよ。シロアリに食われた跡でしょうか。」と江見が指さしながら苦笑いした。
隣で天井を見上げていた藤井が「おー、このゴロンボ(丸太の梁)は形がいいねぇ。状態がいいので残しましょう!」
町家の改修では日常茶飯事の光景である。柱や梁、壁などの躯体構造も残せるものはできる限り残すのが八清のポリシー。
足元が傷んでいるときは【根継ぎ】。根継ぎが難しいときなどは隣にもう一本柱を添えて緊結する【添え柱】。梁背(梁の高さ)が頼りないときはその下にもう一本梁を添える【骨梁】。柱と柱の足元をつなぐ【足固め】。柱の足元の石を固定する【ひとつ石補強】。伝統工法の壁面耐力を再現する【荒壁パネル】などなど。
補強前検査は、経験則からくる八清の構造基準をもとに、現場で傷んでいる箇所をひとつひとつ丁寧に確認し、その状況に合わせ補強内容を考えていく、というとても重要な工程なのである。
「ひと通り補強箇所が決まりましたね。」と江見。
「これで本格的に工事をはじめられますね。よかった~!」と落海はホッと胸をなでおろした。
90年の時を経てヘトヘトになった柱・梁たちのチェック、そして現場監督への指示にはおよそ2時間がかかり、その頃には皆もすっかりヘトヘトであった。
「じゃあ、今日の検査はこれで終わりということで。」
と、振り返った落海が江見の方を見て「この後少し時間ありますか? 事務所か、それとも気分を変えてどこかのカフェで仕様の内容を詰めてしまいたいと思いまして。」
「いいですよ。では三条のイノダコーヒーとかどうですかね。あそこもロマンに通じる格別な雰囲気ありますよね。」
「いいですね! そこへ移りましょう!」と言いながら、落海が薄暗い現場を出るとすでに雨は上がり、爽やかな青空が顔をのぞかせていた。