八 明かりを求めて
「そろそろ照明器具を探しに行きませんか?」
残暑の合間に感じる涼しさに秋の訪れを知る頃、江見の呼びかけで久しぶりにメンバーが顔を合わせた。
大正ロマン独特のムードづくりに欠かせない「照明」の存在。
文明開化とともに華やかな西洋文化が溢れた日本。江戸時代まで明かりの中心だった行灯、燭台、提灯に取って代わり、ガス灯やオイルランプが登場した明治。明治時代前半には白熱灯が発明され、水力・火力発電による電力が一般化し庶民に広まるのは大正から昭和にかけて。人々は白熱灯の明るさに大層驚いたという。
大正から昭和にかけて流行した照明器具は、なんとも味わい深いものがある。ふんわりと室内を包み込むようなあかりを放つ乳白色のガラスシェード、花びらがひらいたような愛らしい花笠、一同は大正ロマンにふさわしい明かりを求めていた。
「家具も照明もめちゃくちゃたくさんありますね!」店に足を踏み入れた落海は、宝物を見つけた子どものような笑顔を見せていた。
この日の一軒目に訪れたのは、南区上鳥羽にあるアンティーク・ヴィンテージ家具雑貨を扱う「70B」。
港に着くコンテナあるいは倉庫をイメージしたような外観が印象的だった。
天井からあちこちに吊り下げられた照明を見上げながら、所狭しと置かれた家具の隙間をぬって店内を奥へと進む。
「これなんかどうですか? 私は好みですけど。」と落海の背後で江見が指さしていたのは、丸みを帯びた大きめのアルミの電笠だった。
それを見た安田が「う~ん、嫌いじゃないけど・・・、どっちかというと昭和な雰囲気じゃないですか?」と言った。
「そうですね。戦後のインダストリアルっぽい感じですね。レトロ感はあるけどちょっと違うかな。」と一級建築士であり、人一倍照明にこだわりを持つ落海が言った。
「日本の伝統的な家に、憧れの西洋の要素を取り入れた和洋折衷が大正ロマンの良さ。それって照明にも現れてますよね。ガラスのシェードに、日本の伝統的な文様があしらわれたり、切子の細工が施されていたり。西洋の華やかさに、日本の繊細さがそなわる、大正ロマンはそんなイメージです。」
「なるほど、確かにそうですね。」と江見は頷いた。
三人は一時間ほどかけて店内を歩き回りいくつか目ぼしをつけた。会計を済ませ、「じゃあ、もう一軒、定番のところに行きましょう!」と落海がみなに声をかけた。
今度は二十分ほど車を北へ走らせ、河原町通から二条通を右折し鴨川を渡り、気がつくと平安神宮の前を通過していた。
二軒目は、八清の中古リノベーションでは欠かすことのできない、岡崎の「タチバナ商会」である。
「みなさんおそろいなんですね。」店主の佐藤氏が微笑みながら出迎えた。
昭和十五年の町家をリノベーションした店舗は、明治・大正・昭和初期の照明が天井を埋め尽くす。店主が書くこだわりのキャッチコピーは照明愛にあふれ、ちょっとした名物でもあった。
「これなんか、まさに大正ロマンなイメージですよね。洋館で見られるような。」
少し面長で彫刻のようなデザインがほどこされた乳白色の照明を指さしながら江見が言った。
「そうですね。応接室となる部屋に良さそうですね。」と図面に目をやりながら三人は頷いた。
「ところで…このローゼット、取り付けませんか?」と小さな白いお椀をひっくり返したような形のものを指差して江見が言った。
「ローゼットってなんですか?」と安田。
すると佐藤氏が、「昔の、照明の配線器具ですよ。陶器製で絶縁体の役割をします。いわゆる碍子(がいし)というものです。」と説明した。
手に取りながら「見た目にもアンティークな雰囲気が出ますし、いいですね。それも取り付けましょう!」と落海が言った。
会計を待っている間、「そういえば、そろそろ内装の仕上げを相談したい時期なんですよ。外壁の色とかも。」と江見。
「いよいよ工事も終盤ですね。楽しみだなぁ~。」と安田。
「例の一階の天井もいい感じに出来てきてますよ。じゃあ、二週間後ぐらいに現場で集まって仕上げの打ち合わせしましょうか。」と振り返って落海が言った。